来週は管理会社の説明会

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来週は管理会社の新事業説明会がある。
メガソーラの場合は計画段階で説明会が開催されるのだが、管理会社の場合はそうではない。
既に計画は進行し、建設予定地の整備も始まっている。
従って説明会と言うよりも、ホテル事業をやりますよと言う報告会だ。

この順番、たかが順番だが大切だ。
同じ事を行うにしても、予め説明をした上で実行するのと、実行したあとに報告するのでは全く印象が異なる。

先月や今月は別荘地内の清掃が行われていない気がする。
ホテル建設予定地の草刈りに、我々の管理費を使ってしまったためだろうか。
清掃業者とは年間契約らしいので、その契約作業時間を草刈りに使えば清掃は出来なくなる。

ちゃんと管理をやってくれと言った所で、そんな事をするカネがない、そんな事をしたら会社が潰れてしまうと言う。
管理費支払いに関しても同様で、高々年間1千万円のカネも払えない会社なのだ。
そんな会社がホテル事業を行い、客が入らずに失敗したらどうなるだろうか。

建てたホテル、建築中の物件などはそのまま廃墟になっていく。
解体しろと言った所でカネがない、そんな事をしたら会社が潰れると、今と同じ事を言うだろう。
バブルが崩壊した頃、新横浜駅周辺には沢山のビルが放置された。
足場すら外されていないビルもあり、一帯は異様な雰囲気を漂わせた。

若い方はご存じないと思うが、かつて清里は高原の原宿と言われた時間があった。
それは"時代があった"と言えるほど長くはなく、まさに一時だったのである。
1989年には年間約250万人が足を運び、駅前の地価は1坪500万円に高騰した。
多くの人が清里を目指して付近は渋滞し、続々とタレントショップが出来た。
北野印度会社の名を知る人がいるかも知れない。
そんな豊かな時間が過ぎ去ったあとの1990年代初頭、清里は廃墟に向かって突き進む事になる。

新横浜駅周辺の状況と異なるのは、清里は一瞬にしても栄えた時期があったと言う事だ。
清里に景観条例があったわけではない。
しかし当時建設された建物は、メルヘンチックは装いを崩さなかった。
町の雰囲気にマッチするように、デザイナが、建設業者が、努力を惜しまなかった。
そんな清里の町も今は廃墟と化している。

廃墟は伊豆半島にも存在した。
かつて栄えた熱海は、21世紀に入る頃には多くのホテルが廃業に追い込まれた。
海外旅行が身近になり、熱海という地名すら知らない若者世代が増えていった。
その熱海から廃墟が消えるまでに10年の歳月を要している。
熱海に再び観光客を呼んだのは市の努力と言っても良いだろう。
ロケ地としての招致など、熱海の名を再び有名にするための活動の賜だ。

一方で今も残る廃ループ橋がある。
別荘地建設のために作られた橋は、余り使われる事もないまま放置された。
そして今は崩れ落ちている。

今管理会社が行おうとしているホテル事業は、言わばかつての原野商法のようなものだと思われる。
伊豆半島の5つの別荘地を買収し、別荘地をリゾート地に転換しようとしているのか。
これにしても、流行っていた頃の湯沢や苗場を思い出さずにはいられない。